―Snownotes,


2008年11月 9日

ごめんなさい、あれこれ。

小説の構成なんかを考えていたらなんというか。

自分はもともと何か自分にとって嫌なこと・辛いことがあると、
「自分がいけないからしょうがない」という思考習性があるのですが、
付随して後悔していることがあると、大体自分を責めてみたりします。

存在は感じているけれど絶対に会えない人がいて、
たぶん自分はその人に酷いことをして。
後悔が膨らむ分、罪悪感とか自責の念とかも膨らんでいて。
辛い思いをした分、それが全部自分に責任転嫁されているようです。
冷静に考えれば(他の人もそういいますが)自分が悪くない部分にさえ、
全部、自分が責任を背負い込もうとしたり。

端から見ていると、「なんでそんなに自分のせいにしたがの?」とよく言われますが、
結局、自己防衛なんだろうなぁと思います。
理不尽な事を受け入れるには、「自分が悪い」事にするのが、
一番わかりやすかったのでしょう。周りは変えられなくても自分は変えられるから。
たぶん幼少の頃からの思考の癖みたいなもので気付いてもなかなか変わらず。

自己防衛の為に申し訳なく思っていると思うと、
それが自己嫌悪に繋がって、二重に自分を責める原因を自分に与えていて、
何というか負のスパイラルだなぁとか冷静に思っている自分もいて。

夜眠れないとぐるぐるしてだめだなぁ。

じゃあ、どうしたいのと言えばたぶん許してほしいのだと思うのですが、ね。
それまでいくらいいことを出来たとしても、別れという結果が大事なのかなぁ自分。
脳裏に浮かぶのは、責め立てられた事と怯えられた姿。
自分は何してたんだろうなぁとか考えると余計にぐるぐる。
許して、もらえるようなことをしていないのでしょうがないんですけどね。

あ。しょうがないってまた言ってる。

唯一の免罪符はその人のむかーしの日記。
たぶん、いろいろ出来ていた頃の。まだあったこともなかった頃の。
その人の支えにちょっとでもなれていた頃。
自分のお陰で生きてるよという内容の日記があって、
自分にも出来たことあったんだなぁと思ったり。

あー。なんかいろいろ思い出してしまったよっ。
メールなんて読み返すから。
でも。何とはなしに助けられたこともあったのかな。

今となってはちゃんとには、みんなみんなわからないけど。
ごめんなさいがみんな覆っているから。
出来た事なんて、傷つけたことだけなんて本気で思って、ひとりで馬鹿みたいに傷ついて。

なんでこんなに冷静になれないかな自分。
理屈っぽいのが取り柄なのに。

ぐるぐる。ごめんなさい。
結局、行き着くのはごめんなさい、かぁ。
だめだなぁ。

他のことなら上手く処理できるようになったし、
自分の気持ちに折り合い着けることも前よりは上手になったはず。
馬鹿みたいに落ち込むこともほとんど無いし、
いろいろ未来も見えてきた。

だけど、これだけは。
烙印のように心の深い所にあって消えなくて。
今日みたいになにかの折に浮かび上がって。
ごめんなさいが伝えたくて、伝わらなかったあの日を思い出したり。
あなたと出会ってごめんなさい。
傷つけてごめんなさい。

――自分なんて居なければよかったのに。

ああ。もう、ねよっ。
明日には心の底に沈んでいることを願って。

取り留めもなさ過ぎな記事だなぁ。

徒然なる手記 | 日時: 2008年11月 9日 02:22

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